台所
料理酒が温められてその匂いがあっという間に共用のキッチンを満たした。一瞬で食欲と郷愁を駆り立てる。
昨日、同居人のひとりがおやつにクッキーを作ったようだ。バターの匂いが廊下にまで充満していた。
私の日本の実家ではクッキーはそうそう焼かない。バターを使う料理はさほど日常的なメニューではない。
でもきっと彼女にとっては、昨日の廊下はホームだっただろう。
他のある日、また違う同居人の夕食はカレーだった。自室の扉を開けて流れ込んできたスパイスの匂いに、思わず食指が動く。
彼女の故郷を私は知らない。聞いてみる機会も逃し続けている。それでもあの匂いはあまりにも強く、そして瞬間的に私に異国への憧憬の念を抱かせる。
次こそ彼女に故郷を聞けるだろうか。
今日も世界が台所に集まる。